あ、この患者さんメロペネムがオーダーになったけどバルプロ酸ナトリウムを内服しているみたい
禁忌だ! 疑義照会だ!
先生、カルバペネムは禁忌です
そういえばそうか。併用するとどうなるんだっけ
え、ええとたしかバルプロ酸の濃度が下がるはずです
どのくらい?
どのくらい……?!
ふむ、じゃあどうすればいいかな
うーん、一旦折り返します
どのくらい下がるんだろう……?添付文書には低下するとしか書いてないし……
そしてどう対応すればいいんだ……
お困りのようだね
では今回はバルプロ酸ナトリウム服用患者にカルバペネム系抗菌薬が出た場合の対応について考えていこうか
もくじ
バルプロ酸服用患者にカルバペネムが出たらどうすればいい?
添付文書の記載は?
まず添付文書の記載を見てみようか
添付文書1)には血中濃度が低下するとしか書いてないんですよね
- 薬剤名等
- カルバペネム系抗生物質
- 併用禁忌(併用しないこと)
- 臨床症状・措置方法
- てんかんの発作が再発することがある。
- 機序・危険因子
- バルプロ酸の血中濃度が低下する。
- 臨床症状・措置方法
添付文書から併用禁忌の理由はカルバペネム系抗菌薬がバルプロ酸濃度を低下させて、てんかん発作を再発させうるためということがわかりますね。
なぜ起こるのかについては正確な機序は不明のようですが、グルクロン酸抱合体の脱抱合酵素がカルバペネムにより不可逆的に阻害されることが有力な説として挙げられています。
補足:現在発売中のカルバペネム系抗菌薬
・注射
イミペネム/シラスタチン(チエナム)
メロペネム(メロペン)
ドリペネム(フィニバックス)
ビアペネム(オメガシン)
・内服
テビペネムピボキシル(オラペネム)
バルプロ酸の濃度はどのくらい低下する?
では、実際にカルバペネム系抗菌薬とバルプロ酸を併用することでバルプロ酸の濃度はどのくらい低下するのでしょうか?
報告によっても幅があるが、だいたい約2割くらいまで低下してしまうようだよ
2割……!ほぼなくなっちゃうじゃないですか
報告例
・投与により88%の患者でバルプロ酸の濃度が治療域外まで減少し、54.5%の患者で発作が起きた。8)
・平均血漿中バルプロ酸濃度低下率は82.1%±2.7%であった。2)
・バルプロ酸の濃度は平均して16.9 µg/mLまで減少した(基準濃度: 50-100 µg/ml)。48.1%の患者で発作が起きた。3)
カルバペネム系抗菌薬を併用することでバルプロ酸の濃度は約20%と約1/5まで低下してしまい、ほとんどの患者で治療域外となってしまいます。てんかん発作の増悪に繋がってしまうため、併用するのはかなり良くなさそうです。
さらにバルプロ酸濃度の低下はカルバペネム系抗菌薬による治療開始後24時間以内に認められたという報告3)などもあるため、処方時に併用を見逃したとしても後で対応すれば大丈夫というわけではなく、必ず開始される前に併用を防ぐ必要があります。
また、相互作用の発生はバルプロ酸およびカルバペネムの1日用量とは無関係6)のようです。少量だし大丈夫ということにもならないというわけですね。
加えて、腎疾患がカルバペネム系抗菌薬導入後のバルプロ酸濃度低下の独立した危険因子であることが示されています。3)
カルバペネム系抗菌薬は主に腎臓から排泄されるため、腎機能低下があるとバルプロ酸とカルバペネム系抗菌薬の相互作用を長引かせる可能性があるからです。
そのため、腎疾患を有する患者に対してバルプロ酸とカルバペネム系抗菌薬を併用する場合には特に注意が必要でしょう。
ちなみにバルプロ酸濃度の減少率をカルバペネム間で比較した結果、イミペネム/シラスタチンでは濃度の低下が少なかったという報告があるようです(それでも約50-70%は低下)。3),14)
イミペネム/シラスタチンはバルプロ酸との相互作用が少ないという可能性を示唆してはいますが、濃度が半分程度には減少してしまいますし禁忌なのには変わりありません。
上述したような理由を考えると禁忌の根拠は妥当であり、やはりカルバペネム系抗菌薬とバルプロ酸の併用は避けるべきですね。
さて、どのくらい低下するかがわかったところで、次は実際にバルプロ酸ナトリウム服用患者にカルバペネム系抗菌薬が出た場合の対応について考えていきましょう。
考えられる3つの対応策
さて、ではどうすればいいだろうか
うーん、対応策として考えられるのは次の3つでしょうか
①カルバペネムを別の抗菌薬に変える
②バルプロ酸に別の抗てんかん薬を追加or別の抗てんかん薬に変える
③血中濃度を測定しながらバルプロ酸を継続使用する
①カルバペネムを別の抗菌薬に変える
これが一番望ましいような気がします
たしかに、絶対カルバペネムが必要という状況というのは案外少ないものである
カルバペネム系の使用を考慮する場面としては以下のような状況が挙げられます11)
- 耐性菌や複数菌感染が考えられる深刻な医療感染感染
- 重篤な腹腔内感染、壊死性軟部組織感染
- 他剤耐性の緑膿菌感染
- 発熱性好中球減少症(ESBLs産生菌やセフェム系の耐性菌が多い施設)
- 耐性菌、ESBLs産生菌、エンテロバクター、シトロバクター、セラチア、アシネトバクターに対する選択薬の一つとして
加えて、他剤に感受性のある緑膿菌に対する単剤治療やたいていの市中感染症などではカルバペネム系を使用してはならないともされています。11)
Antimicrobial Stewardship(抗菌薬適正使用支援)が重要度を増している昨今、もしカルバペネム系が不適切に使用されていた場合に薬剤師が積極的に関わっていくことで、バルプロ酸との相互作用を避けられるだけではなく抗菌薬の適正使用による治療効果の向上や耐性菌発現の抑制なども期待できるでしょう。
カルバペネム系が始まったけれど、実は緑膿菌の単剤感染だったというケースはよく聞くところです。ESBLs産生菌の場合でも状態が安定していれば、カルバペネム系じゃなくてセフメタゾールなど他剤でも良いのではないかといった報告12),13)もいろいろありますしね。
②バルプロ酸に別の抗てんかん薬を追加or別の抗てんかん薬に変える
カルバペネム系抗菌薬が変更できなかった場合はバルプロ酸を変えるしかないですよね
そうだなあ。変更するか、追加するかかな
同時使用が避けられない場合は、バルプロ酸とカルバペネム系薬剤の併用中は他の抗てんかん薬を一時的に追加することも可能とされます。3),4)
報告では「追加」されていましたが、併用することでバルプロ酸の血中濃度が約20%と治療域外まで低下することを考えると、あえてバルプロ酸を継続したまま追加するのとバルプロ酸を中止して他剤に変更するのとではあまり大差はないかもしれません。カルバペネム中止後の血中濃度の回復が少し早くなる程度でしょうか。
どの薬剤に変更するのが良さそうかについてですが、レベチラセタムは薬物相互作用のリスクが低く、迅速な漸増プロトコルが可能であることから良い選択となりえる3)という報告がありました。
「てんかん診療ガイドライン2018」を参考にするとレベチラセタムは部分発作では第一選択、強直間代発作、ミオクロニー発作、強直発作では第二選択として挙げられているため、確かに欠神発作以外の場合の選択肢としては良さそうです。私も同様の事例の際に主治医と相談してレベチラセタムに切り替えた経験があります。
それ以外の薬剤の追加を検討する場合、特に腎疾患のある患者などではバルプロ酸濃度のさらなる低下を防ぐために酵素誘導型抗てんかん薬(フェニトインやフェノバルビタール、カルバマゼピンなど)よりも非酵素誘導型抗てんかん薬を追加投与する方が良い選択となる可能性があるようです。3)
また、併用が終了した際には血清中バルプロ酸濃度が治療濃度まで戻るのには1~2週間かかるため、追加した抗てんかん薬はカルバペネム系薬剤の投与中止後しばらく中止せずに続ける必要がありそうです。
中止後どのくらい続けるべきかについては少なくとも7日間3)といった報告や2週間4)といった報告など症例間での差が大きく、併用中止後7日目にはバルプロ酸の濃度が併用前の値にまで回復した症例もある一方で併用中止後16日目においても併用前の約8割程度の値にまでしか回復しなかった症例も見られるようです。7)
そのため、何らかの理由でバルプロ酸の血中濃度測定をしない(できない)場合は、追加した抗てんかん薬はカルバペネム系抗菌薬終了後2週間程度は中止せずに継続するのが無難でしょうか。
③TDMしながらバルプロ酸を継続使用する
もしカルバペネム系抗菌薬も変えられず、バルプロ酸じゃなきゃダメって場合は血中濃度を測りながらバルプロ酸を続けるしかないですよね
そうだなあ
発作のリスクが低い患者(発作のない期間が長い、または脳外科手術後の発作予防を受けている)がカルバペネム系抗菌薬を短期間投与する場合、投与中は適切な臨床モニタリングとともに血清バルプロ酸濃度の薬物濃度モニタリングをすることでカルバペネム系抗菌薬の投与が可能な場合もあるようです。 4)
実際にそういった症例報告もされており5)、その場合は血中濃度低下を見越してカルバペネム投与と同時にバルプロ酸を増量し、血中濃度測定を頻回に行い投与量調節をする必要があります(バルプロ酸基準濃度 50-100 µg/ml)。
ちなみにバルプロ酸の投与量を増加させても血中濃度は治療レベル以下に留まり、ほとんどのバルプロ酸の血中濃度は20 μg/mL以下であったという報告3)もあるので、あえて併用する際はただ増量するだけではなく、必ずTDMをして血中濃度をモニタリングする必要があるでしょう。
また、カルバペネム系抗菌薬の中止後、相互作用が解除されるのには1〜2週間程度要する3),6)ため、抗菌薬による治療が終わったあとすぐ元に戻さないで、投与中止後7~14日以内にバルプロ酸の血中濃度を測定し減量を検討するのが良さそうです。
抗てんかん薬の治療域濃度には個体差が大きく、参考血中濃度より少ない濃度で発作が抑制される場合も参考血中濃度より多い濃度が必要な場合もある9)ため、中止後のバルプロ酸の至適投与量推定には併用の前後においてバルプロ酸のTDMを実施し、血中バルプロ酸濃度の回復率を確認する必要があるでしょう。
まとめ
カルバペネムの使用でバルプロ酸の濃度が約20%と1/5程度まで低下してしまうようです
また、対策についてはかくかくしかじかで……
なるほど、ESBL産生菌感染で症状も重いから今回はセフメタゾールではなくカルバペネムが使いたいんだよねえ。じゃあ抗てんかん薬の追加について検討してみよう
どうもありがとう
ふ〜っ。疑義照会するときにはダメということを伝えるだけではなくてそれがなぜそうなのか、ではどうすればいいのかについても伝えることができるようにならないといけないということを再認識させられました
大事なことだね。普段からなぜ? を意識して業務をすることができれば良いよね
Why、意識します!
参考文献
1)デパケンR錠 添付文書
2)Simon Haroutiunian et al, Valproic acid plasma concentration decreases in a dose-independent manner following administration of meropenem: a retrospective study, J Clin Pharmacol. 2009 Nov;49(11):1363-9.
3)Huang C-R, Lin C-H, Hsiao S-C, et al. Drug interaction between valproic acid and carbapenems in patients with epileptic seizures. Kaohsiung J Med Sci. 2017;33:130-136.
4)Osama Al-Quteimat1 and Alla Laila1, Valproate Interaction With Carbapenems: Review and Recommendations, Hosp Pharm. 2020 Jun; 55(3): 181–187.
5)橋本和幸 バルプロ酸内服中に細菌性髄膜炎を発症し、血中濃度を測定しながらカルバペネム系抗菌薬を使用した1例 最新医学 68(11) : 2575-2577, 2013
6)Z-P Wen ET AL, Drug-drug interaction between valproic acid and meropenem: a retrospective analysis of electronic medical records from neurosurgery inpatients, J Clin Pharm Ther 2017 Apr;42(2):221-227.
7)梶原彩子ほか「61. バルプロ酸ナトリウムとカルバペネム系抗生物質併用時におけるTDMの有用性」TDM研究 21(2): 209-210, 2004.
8)Miranda Herrero MC, Alcaraz Romero AJ, Escudero Vilaplana V, et al. Pharmacological interaction between valproic acid and carbapenem: what about levels in pediatrics? Eur J Paediatr Neurol. 2015;19(2):155-161.
9)寺田清人 抗てんかん薬をどう使うか? 日内会誌 105 : 1375-1380, 2016
10)てんかん診療ガイドライン2018
11)岡秀昭(2021)「感染症プラチナマニュアル Ver.7 2021-2022」メディカルサイエンスインターナショナル
12)Takahiko Fukuchi et al, Cefmetazole for bacteremia caused by ESBL-producing enterobacteriaceae comparing with carbapenems, BMC Infect Dis. 2016 Aug 18;16(1):427.
13)Asako Doi et al, The efficacy of cefmetazole against pyelonephritis caused by extended-spectrum beta-lactamase-producing Enterobacteriaceae, Int J Infect Dis. 2013 Mar;17(3):e159-63. doi: 10.1016/j.ijid.2012.09.010. Epub 2012 Nov 8.
14)Min Kyu Park et al, Reduced valproic acid serum concentrations due to drug interactions with carbapenem antibiotics: overview of 6 cases, Ther Drug Monit. 2012 Oct;34(5):599-603. doi: 10.1097/FTD.0b013e318260f7b3.