こんにちは。薬剤師うさぎです。
あなたは「せん妄の3因子」をご存知でしょうか。
せん妄の3因子とは、せん妄を「準備因子」「促進因子」「直接因子」という3つの因子に分けるというLipowskiが提唱した概念のこと1)なのですが、今でもこの考え方は臨床上きわめて有用であるとのこと。2)
せん妄に対して効果的・効率的にアプローチするためには、まずせん妄の3因子について十分理解しておくことが望ましい。
月刊薬事 62(8): 1517-1523, 2020.
みたいなことが当院ではよくありがちなのですが、「せん妄の3因子」を理解することでそれがあまり良くないことだということもわかってきます。
今回はそんな「せん妄の3因子」について、覚えやすいようにピクトグラムを用いてストーリー仕立てでまとめてみることにしました。
私がこの記事を書いています。
私も勉強中の身なので、せん妄対策について一緒に勉強していきましょう!
せん妄について勉強中の医療従事者
もくじ
せん妄三人衆(せん妄の3因子)
見てください。3人の男衆が何やら各々のものを持ち寄っています。BBQでもするのでしょうか。
ウェイウェイしそうな雰囲気が伝わってきますね。これはパリピでしょう。
一人一人、遠くから観察してみることにします。
真ん中で仁王立ちしている屈強そうな人は「準備因子」です。薪を抱えていますね。
準備因子はすなわち「せん妄が起こりやすい素因」のことであり、具体的には「高齢」「認知症」「脳器質性疾患の既往」「せん妄の既往」「アルコール多飲」などが挙げられます。
- 高齢
- 認知症
- 脳器質性疾患の既往(脳梗塞、脳出血、頭部外傷など)
- せん妄の既往
- アルコール多飲
「直接因子」です。何にでも火を付けてウェイウェイするタイプのパリピですね。
直接因子は「せん妄の引き金になるもの」であり、「身体疾患」や「薬剤」、「手術」などが挙げられます。
- 身体疾患
- 薬剤
- 手術
- アルコール(離脱)
右の油の容器を持っている人は「促進因子」。火に油を注いで盛り上げるタイプのパリピです。
促進因子とは「せん妄を誘発しやすく、悪化や遷延化に繋がるもの」であり、具体的には「不眠」や「疼痛」、「環境変化」などの因子が挙げられます。
- 身体的苦痛
- 不眠
- 疼痛
- 便秘
- 尿閉
- 不動化
- ドレーン類
- 身体拘束
- 視力低下
- 聴力低下
- など
- 精神的苦痛
- 不安
- 抑うつ
- など
- 環境変化
- 入院
- ICU
- 明るさ
- 騒音
- など
せん妄を火とすると、これら3因子が火を燃やすこと(せん妄の発現)に関わってくるわけです。
入院患者がせん妄になるとリスペリドンなどの薬剤を投与することが多いと思いますが、薬剤を投与してせん妄の症状が良くなればそれで良いのでしょうか?
その疑問について考えるために、彼ら(3因子)の様子を観察してみることにしましょう。
薬物療法はあくまでも対症療法
見てください。おもむろにBBQを始めました。
案の定ウェイウェイしていますね。
火がどんどん強くなっていきます。
おや、その様子を見かねたのか誰かやってきました。
ホースのようなものを持っているということは……?
水です。ホースで水をかけています。
近所に住む方でしょうか。ウェイ系のパリピを歯牙にもかけず、燃え盛った火を水で消そうとしています。
見てください。水をかけたおかげで火が弱くなりましたね。
これでひとまずは安心です。
近所の人は火が弱くなったことに満足して帰っていきました。
しかし、ウェイ系の人たちは水をかけられたことなど気にせず変わらず薪をくべ、火を付け、油を注いでいます。大丈夫なのでしょうか……。
大丈夫じゃありませんでした。
弱くなったと思ったのもつかの間、火はまた元通りになってしまいました。
火に水をかけていたのは、つまり薬物療法です。
薬物療法で一時的に火(せん妄)を抑えることができたとしても、パリピの3因子をどうにかしないと結局は再燃してしまいます。
では、3因子はどのようにどうにかすれば良いのでしょうか?
根本的な治療は?
さて、どうすれば火はつかなくなるのでしょう?
簡単です。火をつける人(→直接因子)がいなくなれば良いのですね。
せん妄の改善には直接因子の除去が最も重要です。
直接因子(火を付ける人)がいなくなれば、そもそも火はつきません(せん妄が起こらない)し、せん妄が起きたとしても火を付ける人がいなくなればその後は火はつきません。
実際の臨床現場では直接因子が単一ではなく複数重なっていることがよく経験されるため、原因を同定する際には「原因が複数重なっていることはないか?」という視点を持って、十分精査することが大切とのことです。2)
薬剤師としては直接因子としてのハイリスク薬の使用には十分な注意を払う必要があるでしょう。
せん妄の直接因子となりうる薬剤としては以下のようなものがあります。
- ベンゾジアゼピン受容体作動薬
- 抗コリン作用のある薬剤
- 抗コリン薬
- ピペリデン
- トリヘキシフェニジル
- アトロピン
- ブチルスコポラミン など
- 抗ヒスタミン薬
- ジフェンヒドラミン
- クロルフェニラミン
- ヒドロキシジン
- プロメタジン
- シメチジン
- ファモチジン
- ラニチジン
- ラフチジン など
- 抗うつ薬
- アミトリプチリン
- イミプラミン
- クロミプラミン
- パロキセチン
- ミルタザピン など
- 抗精神病薬(特にフェノチアジン系)
- クロルプロマジン
- レボメプロマジン など
- 頻尿治療薬
- オキシブチニン
- プロピベリン など
- 抗コリン薬
- 抗パーキンソン病薬
- レボドパ
- ドパミンアゴニスト
- アマンタジン など
- 気分安定薬
- 炭酸リチウム
- 抗てんかん薬
- フェニトイン
- カルバマゼピン
- バルプロ酸
- ゾニサミド など
- 循環器系薬
- ジゴキシン
- プロカインアミド
- ジソピラミド
- リドカイン
- クロニジン
- プロプラノロール など
- 鎮痛薬
- ナプロキセン
- オピオイド など
- 副腎皮質ステロイド
- 気管支拡張薬
- テオフィリン
- アミノフィリン
- 免疫抑制薬
- メトトレキサート など
- 抗菌薬
- セフェピム
- メトロニダゾール など
- 抗ウイルス薬
- アシクロビル
- インターフェロン
- 抗がん剤
- フルオロウラシル など
※文献(3)より引用
せん妄は覚醒レベルの維持や記憶、注意、思考力に重要な役割を果たす中枢神経系のアセチルコリン系神経伝達機能の低下が主な病態と考えられており5)、抗コリン作用が強い薬剤はせん妄をきたしやすいとされています。7)
また、ベンゾジアゼピン受容体作動薬は病棟定数として配置されている病院も多いと思いますが、せん妄ハイリスクの患者に投与した結果それが直接因子となって薬剤性せん妄を引き起こす可能性も十分にあり得ます。
薬剤師はそういったせん妄ハイリスク患者の不眠などの薬剤が関与する事例には積極的に介入する必要があるでしょう。
意外なことかもしれないが、ベンゾジアゼピン受容体作動薬によるせん妄惹起のリスクに注意を払っている医師は決して多くないため、その意味でも病院薬剤師の果たす役割は重要である。
月刊薬事 62(8): 1517-1523, 2020.
ベンゾジアゼピン受容体作動薬は長期間服用している場合には依存が形成され、急な中止により反跳性不眠や不安・焦燥、自律神経症状、せん妄などの離脱症状を生じることが知られています。
不眠はそれ自体が促進因子としてマイナスに働くため、ベンゾジアゼピン受容体作動薬は長期間服用している場合には継続するとしている施設も多いよう。8)
岡山大学病院で使用されている「せん妄ハイリスク患者における内服中のベンゾジアゼピン受容体作動薬のフローチャート」9)によるとベンゾジアゼピン受容体作動薬を6ヶ月以上服用している場合には離脱のリスクを考慮し内服継続(または薬剤師や精神科医に相談)、そうでなければ中止し他剤に変更としているようです。
ヒスタミンH1、H2受容体拮抗薬は、抗コリン作用からせん妄誘発リスクがあると報告されています。6)
そのなかでも、第一世代のヒスタミンH1受容体拮抗薬は特に脂溶性が高く中枢移行しやすいうえに受容体の選択性が低く、抗コリン作用が強くなるため中止が望ましいでしょう。しかし、中止によって掻痒感などの身体的苦痛が増強すればそれ自体が促進因子となりうるため、外用薬での代替や、それが難しければ第二世代以降への移行を検討すべきです。7)
抗パーキンソン病薬やステロイドなどは安易に中止するのは難しい場面が多いと考えられるため、リスクを評価しながら継続、医療従事者間で情報共有する必要があるでしょう。
中止や変更自体のリスクが高い場合には、リスク・ベネフィットをチーム全体で共有、決定し、せん妄出現の評価を継続して行うことが重要と考える。
月刊薬事 63(5): 841-842, 2021.
火をつける人はもちろんですが、油をかけて火を盛り上げる人(→促進因子)もいなくなったほうが良いですよね。
つまり、3因子を意識した対策として患者の身体的・精神的苦痛を和らげる非薬物療法的アプローチなどによって促進因子を取り除くことも必要です。
- 身体的苦痛
- 不眠
- 疼痛
- 便秘
- 尿閉
- 不動化
- ドレーン類
- 身体拘束
- 視力低下
- 聴力低下 など
- 精神的苦痛
- 不安
- 抑うつ など
- 環境変化
- 入院
- ICU
- 明るさ
- 騒音 など
便秘や視力低下なども促進因子になりうるとは……!
基本的には促進因子の除去には環境整備などの非薬物的アプローチとして看護師さんや家族などがキーパーソンになると思いますが、不眠や疼痛、便秘などは薬剤でのコントロールが可能なため薬剤師も介入していくことができそうです。
準備因子は重いのでその場からビクともしません。つまり、取り除くことができません。
それは、準備因子は患者固有の因子(高齢や認知症など)だからです。
しかし、せん妄のリスク評価には欠かせない概念のため、準備因子の特定は重要となります。
準備因子を有する患者を「せん妄ハイリスク」であると考えて、入院時より予防的な介入を行うことが大事でしょう。
準備因子の中でも「認知症」と「せん妄の既往」のいずれかを持つ患者は特にせん妄を発症しやすいことが知られているようです。4)
認知症の有無の評価では、診断がついていないことや薬を服用していないことを根拠として認知症を否定できないため、ご家族に認知症の可能性について「最近料理の味付けがおかしいことはないか」「同じものを何回も買ってきたりすることはないか」など生活場面で見られうる認知症を疑うエピソードを具体的に挙げながら確認することがポイントとのこと。4)
また、せん妄の既往の把握でも添書やカルテの既往歴にせん妄と書かれることは少ないためご家族に確認することが大切で、「日にちや場所がわからなくなったり、あるはずのないものが見えると言ったりするようなことがありませんでしたか?」など具体的に平易な言葉を用いて尋ねるのが良いとのことでした。4)
せん妄における薬物療法はあくまでも直接因子を取り除くまでの間にみられる症状をマネジメントするための対症療法であり、薬物療法だけに専念しないように注意する必要があるでしょう。
せん妄の予防や治療には、直接因子と促進因子を減らすこと、加えないことが大切と成書でも述べられていました。
せん妄は3因子の足し算で起こるため、せん妄対策の原則は
①悪いものを加えない、②悪いものを減らす
という引き算ととらえると理解しやすい。
レジデントノート 20(15): 2570-2575, 2019.
- せん妄の3人衆(3因子)とは、薪を抱える「準備因子」とライターで火をつける「直接因子」、油を注いで火を盛り上げる「促進因子」の3人のこと。
- これら3因子が火を燃やすこと(せん妄の発現)に関わってくる。
- 薬物療法で一時的に火(せん妄)を抑えることができたとしても、パリピの3因子をどうにかしないと結局は再燃してしまう。
- せん妄の改善には直接因子の除去が最も重要。
- 直接因子(火を付ける人)がいなくなればそもそも火はつかない(せん妄が起こらない)し、せん妄が起きたとしても火を付ける人がいなくなればその後に火がつくことがない。
- 薬剤師としては直接因子としてのハイリスク薬の使用には十分な注意を払う必要がある。
- 患者の身体的・精神的苦痛を和らげる非薬物療法的アプローチなどによって促進因子を取り除くことも必要。
- 基本的には促進因子の除去には環境整備などの非薬物的アプローチとして看護師さんや家族などがキーパーソンになるが、不眠や疼痛、便秘などは薬剤でのコントロールが可能なため薬剤師も介入していくことができそう。
- 準備因子は取り除くことができないが、準備因子を有する患者を「せん妄ハイリスク」であると考えて、入院時より予防的な介入を行うことが大事。
- せん妄における薬物療法はあくまでも直接因子を取り除くまでの間にみられる症状をマネジメントするための対症療法であり、薬物療法だけに専念しないように注意する必要がある。
- せん妄の予防や治療には、直接因子と促進因子を減らすこと、加えないことが大切。
- Lipowski zJ, Delirium:Acute Confusional States, oxford university Press, 1990
- 井上真一郎「せん妄の3因子とアプローチ」レジデントノート 20(15): 2570-2575, 2019.
- 井上真一郎「せん妄とは? – 薬物療法の前提となる臨床事項」月刊薬事 62(8): 1517-1523, 2020.
- 井上真一郎「vol.001 術後せん妄予防虎の巻 【アセスメント力強化編】」オペナーシング 36(1): 54-58, 2021.
- Noll Campbell et al, The cognitive impact of anticholinergics: a clinical review, Clin Interv Aging Epub 2009 Jun 9.
- K Alagiakrishnan et al, An approach to drug induced delirium in the elderly,Postgrad Med J. 2004 Jul;80(945):388-93
- 安藝敬生, 若杉和美「CQ2 : せん妄誘発を避けるためにベンゾジアゼピン系薬や抗ヒスタミン薬, 抗コリン薬は中止・変更すべきか?」月刊薬事 63(5): 841-842, 2021.
- 大岩雅彦ほか「周術期のせん妄・認知機能障害の予防対策 – 多職種 (麻酔科, 精神科, 看護師, 薬剤師) による対応 -」麻酔 69(5): 510-521, 2020.
- 井上真一郎(2019)「せん妄診療実践マニュアル」羊土社