とある日の調剤室にて……
うちの病院はお金がないし包括だし、薬もできるだけ安いのを使うべしって院長が良く言ってるなあ
ですね〜。そういえばさっき病棟で院長がClostridioides difficile(クロストリジオイデス・ディフィシル)が検出された患者がいるって言ってましたよ
あ、ちょうどその患者さんの処方箋きました
Rp1)バンコマイシン散0.5g 4瓶 1日4回朝昼夕食後 10日分 処方医:院長
。。。
。。。。。。
1回1瓶であるな
バンコマイシン散ってたしか結構高いですよね
うむ
1回0.25瓶でも良いのではという気もしますが……。
プラマニュ4)でも「500mgを4回と125mgを4回では効果は変わらない!!」ってビックリマーク付きで書いてましたし……。
ふむ
まあそれ以上調べたことがないので、1回0.25瓶だと少ないんじゃないかと言われると答えに困っちゃいそうですけど……
良い機会なので、そこらへんについてちゃんと調べてみようか
というような経緯を基に、「メトロニダゾールでは?」という議論は今回は横に置いておいて、
「CDI(C. difficile感染症)に対するバンコマイシン内服の投与量として、高用量投与(1回0.5g)と低用量投与(1回0.125g)はどちらが望ましいか」というテーマについてまとめてみました。
もくじ
CDI(C. difficile感染症)に対するバンコマイシン内服の投与量として、高用量投与(1回0.5g)と低用量投与(1回0.125g)はどちらが望ましいか
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忙しい人のためにざっくりイラストでわかるビジュアルアブストラクトを用意しています
高用量内服時との薬価の比較
とりあえず薬価について調べてみましょう
バンコマイシン散0.5g 1瓶 1940.2円(909.6円)
※2021年10月現在(カッコ内は後発品)
1瓶の薬価がこの通りなので、それぞれ1日4回10日間の投与とすると……
1回0.125gだと、0.25瓶×4回×10日 19402円(9096円)ですね。
1回0.5gだと……
1瓶×4回×10日で77608円(36384円)……!
差額はナント58206円(27288円)っ……!
ガクガクブルブル
ガクガクブルブル
だがしばし待たれよ、1回1瓶のほうが有効性が高ければ、必要性が十分にあればこの値段は妥当ということになりうるであろう
たしかにそれはそうですね
逆もまた然り
高用量投与のエビデンスについて調べてみます
ガイドラインの記載
とりあえず国内のガイドラインを見てみましょう。
「バンコマイシン高用量」と書いてあるのが1回1瓶(0.5g)だと思いますが、重症例や再発例でも第二選択となっています。
非重症であれば選択肢にないですね。
とりあえずは高用量じゃなくても良くて、低用量で投与してみて効果が無ければ……という感じだね。
バンコマイシン250mg q6hで効果が得られなかった患者に、バンコマイシン500mg PO q6hを投与したところ、97%の奏効率が得られた。
従来のバンコマイシン投与(125~250mg(PO)q6h)で72時間後に下痢の急速な臨床的改善が得られなかった患者において、「高用量」のバンコマイシン500mg(PO)q6hが非常に有効な治療オプションであることを示した。
J Clin Med. 2018 Apr 10;7(4):75.
文献5)でもこんな感じで書かれていました。
バンコマイシン散高用量投与のエビデンス
バンコマイシンの高用量投与におけるエビデンス的なところはどうなんでしょう?
ふむ
Higher doses (250 or 500 mg qid) are sometimes recommended for patients with very severe CDI, without supporting clinical evidence.
重症のCDI患者には、より高用量のバンコマイシン(250または500mg/回)が推奨されることがあるが、これには臨床的根拠がない。
BMC Infect Dis. 2010 Dec 30;10:363.
根拠がないとする記載がありました
ほう、なぜだろうか?
入院患者46名を対象としたランダム化比較試験では、125mgと500mgは有意差が認められなく、治療の失敗も無かったとされている。
Am J Med. 1989; 86: 15-19
125mgと500mgで有意差がなかったみたいですね。1989年の論文ですが……。
78 例の重症 CDI 患者の医療記録をレトロスペクティブに評価した結果
バンコマイシン高用量投与群と低用量投与群の治癒率は、それぞれ60%と64%であった(P = 0.76)。
治癒までの期間、合併症の発生率、死亡率にも両群間で差は認められなかった。再発率は、経口バンコマイシンの用量が多いほど低くなる傾向がみられた(12%対1.9%、P = 0.09)。
結論として、これらのデータは重症CDIの治療において高用量と低用量のバンコマイシンの間で治療成績に差がないことを示唆している。
Int J Antimicrob Agents. 2013 Dec;42(6):553-8.
こっちは2013年ですね。高用量投与群と低用量投与群で治癒率に有意差が無かったようです。
ただ、再発率に関しては用量が多いほど低くなる傾向があるようでした。
ふむ
The use of vancomycin 500 mg four times daily is not recommended. Strong, Very low
Clin Microbiol Infect. 2021 Oct 19;S1198-743X(21)00568-1. doi:10.1016/j.cmi.2021.09.038.
そして欧州臨床微生物学・感染症学会の「成人におけるクロストリジオイデス・ディフィシル感染症の治療ガイダンス文書に関する2021年の更新情報」ではダイレクトにnot reccomendedとされていました。
Strongに推奨されない、と
バンコマイシン高用量内服時の糞便中濃度
ちなみに高用量と低用量で体の中の濃度的にはどれくらい違うんですかね?
こんなデータがあったよ
バンコマイシンの糞便中濃度は投与量に比例する。
バンコマイシンの経口投与量を250 mgまたは500 mgを1日4回に増やすと、糞便中のバンコマイシン濃度は一貫して高くなった(2000 mg/L以上)。
これはバンコマイシンのC. difficileに対するMIC90よりも3桁高い値である。
BMC Infect Dis. 2010; 10: 363
MIC90よりも……つまりどういうことですか?
語弊があるかもしれないが、わかりやすくゲームに例えると「HPが90しかない敵に対して、2000超のダメージを与えるスーパー必殺技をおみまいする」といった感じだろうか。
めっちゃオーバーキルしてるじゃないですか……
しかもその必殺技はMPもといお金をたくさん消費する
え〜、もったいないので通常攻撃でいいですよぉ
「強くてニューゲーム」で攻撃力もお金もカンストしてるのかもしれない
強くてニューゲームならどうぞご自由にという感じですけど……
そうじゃなければあえてお金をたくさん消費してまでオーバーキルする意味はなさそうですよね
バンコマイシン内服で血中濃度は上昇する?
ところでRPGの世界ならオーバーキルしても特に周囲に影響ないですけど、体内でオーバーキルしたら何かしら体内に影響があるんじゃないですかね?
オーバーした分のダメージが身体に行ったり……とか。
症例報告や小規模な患者シリーズでは、血清レベルの上昇が記録されている。
バンコマイシンの高用量投与は、全身性のバンコマイシン濃度など、起こりうる副作用のリスクを高める。
Infection. 2020; 48: 173-182
バンコマイシン散で血中濃度が上昇するといった話はたまに聞く気がする
成人では、長期間の使用や1日500mgを超える総投与量が蓄積と関連している。
さらに、経口投与後に全身にバンコマイシンが蓄積する危険因子としては、腎機能低下、経口および他の経腸的治療の併用、重度のCDAD(クロストリジオイデスディフィシル関連下痢症)、他の腸炎の併発、多剤併用、患者の複雑性・罹患率の増加などが挙げられる。
Infection. 2020; 48: 173-182
1日500mgを超えると蓄積する懸念があるようですね
1回125mgだとちょうど1日500mgなのでぎりぎり大丈夫、1回500mgだと1日2000mgになるので蓄積はしそうだなあ
その他のリスク因子も挙げられていましたが、腎機能低下患者などでは特に注意する必要がありそうです
バンコマイシン耐性腸球菌の懸念
抗生物質の選択圧の増加による耐性の選択(バンコマイシン耐性腸球菌:VREなど)に関する懸念も残っている。
Clin Microbiol Infect. 2021
選択圧、つまり抗菌薬のせいで耐性菌以外の細菌が減少し、耐性菌が増加しやすくなってしまうということですね
体内では常在菌と耐性菌の生存競争が繰り広げられているからなあ。耐性菌にとっては好機となろう
ビジュアルアブストラクト
まとめ
- 高用量と低用量(1日4回×10日間)の差額は58206円(27288円)
- 高用量はガイドラインにおいて重症例や再発例でも第二選択
- 重症のCDI患者には、より高用量のバンコマイシン(250または500mg/回)が推奨されることがあるが臨床的根拠がない。
- 高用量投与群と低用量投与群で治癒率に有意差が無かったが、再発率に関しては用量が多いほど低くなる傾向があるよう。
- 欧州臨床微生物学・感染症学会の「成人におけるクロストリジオイデス・ディフィシル感染症の治療ガイダンス文書に関する2021年の更新情報」ではバンコマイシン高用量の使用はnot reccomended
- 高用量の使用はHPが90しかない敵に対して2000超のダメージを与えてオーバーキルしているのと同じ
- バンコマイシンの高用量投与は、全身性のバンコマイシン濃度など、起こりうる副作用のリスクを高める。
- 成人では、長期間の使用や1日500mgを超える総投与量が蓄積と関連している。
- 抗生物質の選択圧の増加による耐性の選択(バンコマイシン耐性腸球菌:VREなど)に関する懸念も残っている。
高用量の投与は高価だし副作用リスクもあるし耐性菌リスクもあるし有効性も大きな差はないし感染症学会でも推奨されていないしとのことで、やはり第一選択としては低用量で問題なさそうですね
高用量も再発率が低かったりガイドラインで第二選択だったりするので、低用量で効かなかったときに使うのが良いと言えよう
院長に言ってきます!
戻りました……
どうだった?
「高用量はオーバーキルしてるのと同じなんですよ……!」
って言ったんですが、オーバーキルが伝わらなかったのかなんか変な空気になってしまいました
(説明下手だった)
参考文献
- Fekety R.et al.Treatment of antibiotic-associated Clostridium difficile colitis with oral vancomycin: comparison of two dosage regimens.Am J Med. 1989; 86: 15-19
- Gonzales M.et al.Faecal pharmacokinetics of orally administered vancomycin in patients with suspected Clostridium difficile infection.BMC Infect Dis. 2010; 10: 363
- Cimolai N.Does oral vancomycin use necessitate therapeutic drug monitoring?.Infection. 2020; 48: 173-182
- 岡 秀昭(2021)「感染症プラチナマニュアル Ver.7 2021-2022」メディカル・サイエンス・インターナショナル
- Burke A Cunha et al., Enhanced Efficacy of High Dose Oral Vancomycin Therapy in Clostridium difficile Diarrhea for Hospitalized Adults Not Responsive to Conventional Oral Vancomycin Therapy: Antibiotic Stewardship Implications, J Clin Med. 2018 Apr 10;7(4):75. doi: 10.3390/jcm7040075.
- Dr. J. van Prehn et al., European Society of Clinical Microbiology and Infectious Diseases: 2021 update on the treatment guidance document for Clostridioides difficile infection in adults, Clin Microbiol Infect. 2021 Oct 19